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「嫉妬」というもの

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ご無沙汰しておりました^^;

もうひとつのブログ のほうだけ、細々と更新しておりました。

いろいろと、めまぐるしくて。
余裕がなかったです^^;


タイトルの、「嫉妬」というもの、なのですが。

私は、あまり馴染みのない感情だったんですね。

内側には馴染みがなくても。
外側には馴染みがありました。

「嫉妬する」ことには、馴染みがなくても。
「嫉妬される」ことには、馴染みがあった。

でも、内側にあるものが外側に映し出されるわけなので。
わりと最近になって、やっと、自覚し受け入れることができた、ように思います^^

受け容れることができたら、ラクになる^^
というよりも、受け容れることができたら、その先に行ける、超えられる、ということなのだな、と。


嫉妬というものを、「馴染みがない」と思うほどに「感じないように」して、無意識下に押し込めていたこと。
育った過程で思い当たることもいろいろとあり、それが大人になってからの恋愛で騒ぎ出すのですが、さらに蓋をしてきたということ。

ひとつひとつ、見つめなおしてみたりしました。

私が、自分の中にある嫉妬というものに無意識にしてきた思考の蓋は、
「人を妬むより、自分を磨いたほうがいい」
でした。

そんな時間やエネルギーがあったら、自分を磨き高めることに使ったほうがいい、と。
嫉妬心を向けられる、ということも同様に、「相手の問題だから」と、スルーしていた。

自分の中の嫉妬心と向き合えないから、人から向けられる嫉妬心にもどう対処してよいかわからなかったのですね^^;

このあたりは、幼少期にさかのぼり、「それは無理もなかったよね」と思える体験などもありました。
かなり、根が深いところでした^^;


受け入れて、感じてみたときに。
「どうして?どこから?」と、まっすぐに自分に問えるようになる。

そして、たどり着いたのは、
「劣等感」
と、
「私には手に入らない」
という思い込み。

あ~、「私なんか」「手にできるわけがない」って思ってるから、嫉妬するんだな、と。

そんなの、誤解なのに。

全部、思い込みなのに。


そんなの、ずっと頭ではわかっていたことだったはずなんです^^;

でも、嫉妬という「感情」にちゃんと体当たりするまで、その奥にあるものを「感じる」ことができなかったんですね。

ちゃんと感じて、ちゃんと受け入れていないから。
同じことが繰り返されるのだ。

自分が嫉妬し続けるとか、誰かに妬まれるという形で。
もしくは、誰かに対して「嫉妬していると認めたくない」から「悶々とする」「否定したくなる、排除したくなる」という形で。


感じて、
「なんだ、そうだったんだ」
と、受け入れていくと。

「それじゃ、どうすればいいのか、どこに意識を向ければいいのか」
というところに、たどり着きます。

これは、単なる思考の流れじゃなくて。

感情を感じて解放したから、器がいったん「空」になり。
そこを、今度はどんな感情で満たしたいか、という問いなんですね。

ここで、きちんと自分に問うことをして、「決める」ことをしないと。
「空」を埋めるために、無意識に「馴染みの感情」で満たしてしまう。

「今度はこの感情で満たす」と決めていれば、「空」の器に馴染みの感情が流れ込んだとき、ハッと気づくことができる。

「あ、意識を向けるところが、ズレてる」
「こっちだった^^;」
そうやって修正していくうちに、意識を向ける方向が変わった状態で、習慣となっていくのでしょうね。

習慣が変われば、自然と新しいもので器が満たされていく。


「嫉妬」というものは、感じるとすご~~く居心地が悪い^^;
自分が嫌いになりそうです^^;
こんな醜いものが自分の中にあるなんて、認めたくなんかない。

でも、だからこそ、嫉妬というものを受け入れられたとき、「そんな自分も愛せる」方向へ、確実に大きく前進する。
そんなふうに、思います。

嫉妬という強いエネルギーを受け入れたとき。
自分の「欲求」に気づく感性も上がるように思います^^

あれも、これも欲しい。
ああしたい、こうしたい。

自分を満たしたい、という欲求。
ずっと、手に入らないと誤解して、苦しんできた自分を、「満たしてあげたい」という欲求。

正面から体当たりして、味わい尽くすまでは。
頭でわかってるだけだったんだな~、と、思い知らされることの繰り返し。


憎しみほどの怒りとか、激しい嫉妬とか。
これまで「他人事にしていた」ことは、やっぱり自分の内側の反映だった。

とても、大きな気づきでした^^


これでまた、地に足をつけて、人間らしく泥臭く。
生きていく力を取り戻せたような、気がします^^

嫉妬を超えて、「手に入らない」という思い込みを超えて。
本当に欲しいもの、満たしたい感情へ意識を集中させながら^^


お付き合いくださり、ありがとうございました^^


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ハイヤーセルフの声を聞くより、インナーチャイルドを癒すより・・・

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15日は、終戦記念日でしたね。
1945年8月15日の正午、玉音放送により、昭和天皇によって終戦の詔書が朗読され、国民へ戦争の終結が伝えられた日。

大東亜戦争(第二次世界大戦)について、学校で学んだ歴史は「つくられたもの」(嘘)だったことを最近になって知ることになり。
そこから、「占領政策として」日本人としてのアイデンティティである大和魂をじわじわと抜かれ、現実的に「呪いをかけられていた」ことも知りました。

戦争はけして繰り返してはならないものだけど。
そんな戦争をなぜしたのか?したくてしたのか?ってことまで、知ろうとしなかった。

悲惨さばかりに目を向け、恐怖にとらわれ、教育操作されているとも知らずに、外交のために責任を受け入れているだけの政府を敵視していた。


日本の中に居れば、周りの人はみんな同じ状態なので、けしてわからないですが。
国の成り立ちを知らず、歴史の史実を知らず、愛国心や民族としての誇りを持たず、政治に関心を示さない日本人は、諸外国の人々からすれば、異様な人たちなのです。

敗戦国となり、実際に教育を「操作」されてしまって、教わったことを皆が信じ込んでいたので、しかたがないことだけれど。
今日、自殺者数が世界最高と言われるほどの、日本人の自尊心の低さは、ここから始まっているのだろうと個人的に思います。


私もかつて、スピリチュアルや心理学、精神世界に救いを求めたけれど。
どこまでも「浮ついて、堂々巡りになってしまった」のは、海外文化色の強いメソッドや哲学を「インプット、ダウンロードする」のでは本末転倒だと知らなかったから。

まずは、取り入れてしまった誤解や、それに基づく感情体験により抑圧してきた感情を「吐き出す」ことが先で。
日本人である自分に合った形での学びを経て、誇りやアイデンティティを「取り戻す」ことなのだと知らなかったから。

最近、つくづくそう思います。


そんな私が、少し前からピンと来て。
感情の開放や、自分を愛することを体得するために、実践していることがあります。

元風俗嬢という経歴から、体を張って導き出された、子宮委員長はるさんの「子宮メソッド」です。

スピリチュアルも、心理学も、セクシャリティも、これまで学んだことが集約されているのを感じました。
本当はシンプルで、これだけなんだなって。

はるさんの子宮メソッドに。
はるさんのご主人である岡田さんの、あらゆる視点から網羅された「感情を感じきる」という論理的かつ実践的な理論が加わって、最強だな、と^^

はるさんは、体験を書いてるけど日々実践実験中で、子宮メソッドは著作権はないので自由に使ってください、と。
岡田さんは、ブログに全部書いてますからそのまんま実践すれば効果ありますよ、シェアも引用もご自由にどうぞ、と。

どこまでも人間臭く在りながら、なんとも突き抜けた人たちだな、という印象です。


子宮委員長はるさんのブログ、ご紹介しますね。
読破するのがお勧めですが、最近の記事ピックアップします。

>>神様は試練を与えない、試練を引き寄せるのは己の魂

>>自分に嘘をつかない真っ黒な子宮♪♪

>>【子宮メソッド】子宮と神社

>>【子宮メソッド】カルマ粒の補足

>>【子宮メソッド】黙って私の機嫌とってなさい!!

はるさんのご主人、岡田さんのブログも。
こちらも読破がお勧めですが、最近の記事少しピックアップしますね。

>>宇宙プログラムのネタばらし。

>>高い波動を求める人は低い波動(という認識)の自分を嫌いなだけ

>>2014年に辛くなっていく人の特徴は・・・

>>「インナーチャイルド」なんていません。

>>アダルトチルドレンからの脱却~スピリチュアルに逃避しない。

>>スピリチュアル好きな人がやりがちな感情からの逃避行動メモ。



あらゆることが、すごくストレートに直球で書いてあって、ありがちなことをバッサリ斬ってあるので。
読んで「痛い」と感じる、痛すぎて読めない、ってこともあるようですが。

セッションを受けるにしてもそうですが、私はバッサリ斬ってもらえるほうがありがたいので、読み応えがあります^^
「抵抗している自分」への気づきって、何より大切ですよね。


きっと、これまで学んだことと、本質的には同じなのでしょうが。
「ハイヤーセルフの声を聞けるようになる」より、「子宮の声を聞けるようになる」ほうが。
「インナーチャイルドを癒す」より、「感情を片っ端から、感じ切る」ほうが、頭でっかちになりがちな私には、今とてもしっくりくるな、と。


「感情を感じ切る」ことで、「内側の感情が投影している、喜怒哀楽の世界」を楽しむ。
体得したい!と思います^^


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「正義」と「怒り」

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前回の記事に、引き続き。。。

最近は、友人の影響で、政治・経済・歴史がとても興味深くて、ちょこちょこ勉強しているのですが。
知れば知るほど、すべてが人が創り出す「人間模様」であることがわかるので、精神世界で学んだことと結びつくことも多くて。

新たな切り口から、自分に気づくことができるな、と感じています^^

政治・経済のニュースがとても興味深く感じるようになって、エンタメやグルメやファッションや行楽といった話題は、ほとんど見なくなってしまいました^^;


「政治」に投影するものって、自分自身だと思うんです。
自国=自分自身、とすると、政治って自分自身の護り方、治め方、付き合い方、のようなもの。

現実問題として、政治や景気動向というのは、本当は日々の暮らしを「目に見えないけれど、大きく左右している」ので。
「見えないもの」が「見えるもの」を動かす、スピリチュアルと言われる世界観と、通じるものを感じるのです。

政治に無関心であることは、ある意味自分自身への無関心を表してもいる。
関心を持つようになったことで、実はすごくラクになったのです^^
「政府のせい、政治家のせい」と、「明け渡し、支配される被害者」の立場から感情論での発想をしなくなり、自由になった感じがして。

政治、経済、そしてその背景として歴史の史実を知ることは、自分が望んで選んで生まれてきた、「日本人」というアイデンティティに誇りをもち、降り立った地にしっかりと根をおろすことだから。
強力な「グラウンディング」だな、と感じます^^

政治・歴史・経済を語る友人は、歴史の延長から神道にも詳しく。
国防や外交、戦争や原発問題を論理的に語る姿に、とても神々しさを感じたのです。

そんな友人の影響で、これまでまったく接点のなかった、政治・歴史・経済に関心を持つことができて。
そこから、いろいろと自分に気づけるようになりました。


前回の記事で、閣議決定でちょうど話題になっている頃だったので、「集団的自衛権」のことを書きましたが。
マスコミはじめ、世論の激しい論争も目にする中で、自分の中に渦巻く「怒り」に気づきました。

正義と正義のぶつかり合いでは、お互いが自分の主張を「善」だと信じて疑わないので。
ある意味「本性」がさらけ出されるものだと思います。

友人のセッションを受ける上で、そんなあぶり出された怒りは、とても大きなポイントになりました。

そして、ふと。
これまでこのブログで記事に書いてきた自分の「見解」も、どこか怒りに基づくものだったな、と思いました。
自分の中に湧いてくる「違和感」を表現することが、とても多かったので。

自分にとっての正義は、誰かにとっての悪となり得る。
正論や、自分にとっての正義である主張は、誹謗中傷と紙一重なところもあると、自分でわかっておくことって大切だな、と。

正義に基づく怒りって、ある意味ブレーキをかける理由がないので、歯止めがきかないんですよね。
「正義」なので、自分の中の善悪のジャッジを素通りしてしまう。
だから、ストレートに怒りを表現し、決着がつくまでぶつけてしまうんですね。

ブログに書くことは、一方的な発信なので。
解釈は受け取る方の数だけ存在するわけで、読み手の意見を論破することなどできないですが。

言葉を放つときに、どこか捻じ曲がった出し方、というか。
冷静なようで、怒りの乗った言葉になっていた、というか。

受け取られる方からすれば、「いまさら」かもしれないですが、私にとっては「今気づいた」ことでした^^;


そこから、また自分と向き合う作業でした。
捻じ曲がった怒りの底には、いったい何があるのか?

「怒りは感情の蓋」だと言われますが、本当にそうだな~と改めて感じました。

怒りの底にあるものは、怒りを感じきらないと出てきてくれない。
だから、実際渦中ではものすごく不快でしょうがないんですが、それに取り組みました。

怒りが自分の中にあるから、政治不信で怒りに満ちている世論に、共鳴しているんだと自覚したので。
特に、自分と異なる正義を唱えるメッセージに、強い憤りを感じた。

集団的自衛権でいえば、賛成派も反対派も、「平和主義、戦争反対」はまったく同じなのですが。
不思議なもので、それを実現する「通り道」を選ぶにあたり、まったく異質な主張になるのですよね。

どちらも正義で、どちらも善だから。
そこに渦巻くのは、結局「自分の主張が通らないから、腹が立つ」という、正義のようでとても傲慢な姿なんだな、と。

それを、自覚したんです^^;


ちなみに、政治や歴史について知っていく中で、韓国や中国の「反日感情」を感情のエネルギーとして感じたときに。
それと同じ「エネルギー」を自分の中に感じ、それまで自分でまったく自覚のなかった自分を見つけることができました。

こんなに、「怨み」に近い憎しみのような怒りが、確かに自分の中にある、と。
正義だと信じて疑わなかった自分の思いは、憎しみと隣り合わせだった。

そう感じて、本当にビックリしました^^;


私は、このブログでツインという概念について書くとき。
「違和感」「疑問」から書いていることが多かった。

「いや、こうじゃないの?」と。

それは、「真実をわかっていて、真実を語るべく書いている」のとは違うんです。
体験を語れども、あくまでも「今の自分」の主観、自分の見解。
結論ではなく、プロセスとしての、あくまでも個人的な日記。

そこは自覚がありましたし、そのつもりで読んで欲しいと思っています。


・・・なんだか、話があちこちに飛んでしまいましたが^^;

なんとなく。
集団的自衛権の議論と、よく見かけるツイン論の食い違いや違和感のぶつかり合い、が、「同じことだ」と感じた、という日記です^^;

宗教や政治における論争のあり方と、やはりよく似ている。
ブログって、日記の延長で、個人の「思想を語る場」になっていくから。

そう思ったので、本当は「プロパガンダ」というものについて書いてみようとしたのですが、そこまで至りませんでした^^;

またの機会に。


お付き合いくださり、ありがとうございました^^


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